いまこのときが大切

日々気になったこと、興味を持ったことを綴っています。

「20歳」と言えば「成人式」。私の1月15日の思い出話。

今週のお題「20歳」

「20歳」。私にとって随分「昔」です。

「20歳」と言えば「成人式」しか思い浮かびません。

今年の成人式はもう二週間以上前でしたね。

昔は、1月15日と決まっていました。

「成人式」

私は行きませんでした。

親は何かを考えていたのかもしれませんが、

私は拒否して、旅行に出かけました。

今思うと、申し訳ないことをしたと思っています。

もう、どうしようもありません。

「20歳」の時は、成人式をブッチして、

山陰の「境港」にいきました。

目的はありませんでした。

成人式に出ない為だったかもしれません。天の邪鬼でした。家系かもしれません。

行き先を決める要因になったのは、高校の時はじめて一人で旅にいった山陰の印象でしょうか?



一人旅をしたのは、高校二年の夏休みに一泊二日で行った山陰の「大山」でした。

大阪駅発の福知山線経由「浜田」行きの「だいせん2号」という急行に乗って行きました。

初めての一人旅ということで、親が、大阪駅まで見送りに来てくれました。

宿の手配も親がしてくれました。

なんか申し訳ないです。

急行の席は今のようにリクライニングシートなんかありません。

固定のほぼ直角に近い角度の堅いシートに座り、

向いの人と顔を突き合わせて座る事になります。

目的の大山の最寄り駅がある「伯備線」の乗換駅の「米子」まで約4時間。

ほとんど座ったままでいました。

お尻が痛くなりました。

「大山」に行って何をしたかったということもありません。

そうあえて言うなら、中学二年の頃、

従兄弟に連れて行ってもらった「蒜山」の広大な草原を、「大山」期待したのかもしれません。

その日に祖父なくなったのという連絡を受けたので、印象に残っていたのでしょう。

「蒜山」と「大山」はほぼ隣といっていいくらいの場所にあります。

「蒜山」は行った事があるのでとなりの「大山」ということで決めたのだと思います。

その日は宿に直行しました。

二日目、なぜか、朝食も食べずに朝早く宿を出ました。

宿を出るときに、

朝食を食べていないということで、宿の人が朝早いにも関わらずわざわざ「おにぎり弁当」を用意しくれました。

しかし、それも食べずに、大山寺、鳥取砂丘と回りました。

鳥取砂丘で、驚いたのが砂丘が海岸の手前で断崖のようになっていることでした。

普通の砂浜の大きいのと思っていたのでちょっと驚きでした。

砂丘から海岸をのぞきんで、「ぞくっと」。

バスで「鳥取」駅にもどました。

そのときは、昼を随分回っていましたので、さすがにお腹がすいていました。

「おにぎり弁当」は食べずに、

駅のレストランで「オムライス」を食べました。

オムライスを食べてほっとしたのでしょうか、

食べて、満足してか?お金も払わずお店を出ました。

店を出て、

お腹いっぱいになって気持ちよくあるいていると。

呼びかけられました。

振り向くと、オムライスを食べた店の店員さんでした。

「お代金まだです。」

あやうく食い逃げしそうになりました。

これも思い出。

帰りは特急「やくも」で朝、宿で用意してくれたおにぎりを食べて帰ったのを覚えています。

子供でしたので、一人でお弁当を食べるのが恥ずかしかったのだと思います。

いまはもう図々しくなったのでそんなことありませんが、(笑)

これは高校生の始めての一人旅の思い出です。



話が長くなってしまいました。

おっさんの、思い出話は長いですよ(笑)

境港」に着いた時は、どんより曇り空から雪まじりの小雨が降っていました。

その中、港まで歩いて行きました。

普通の港でした。それでもよかったです。

今のように「鬼太郎」はいません。

港の先まで行くと、そこが丁度「宍道湖」と「日本海」の境目にあたるのでしょうか海峡のようになっていました。

たぶんそれを確認したかったのでしょう。

境港」では、白い建物のオシャレは喫茶店で、食事をしました。

地元の特産品を食べたのではありません。

「ハンバーグ定食」を食べたかもしれません。

それから、

出雲大社まで行って参詣しました。そころは随分暗くなりかけていました。

松江に戻った時は、もう夜でした。駅前をぶらぶらしなら、

もう一泊するか

京都行きの普通夜行列車「山陰」に乗って帰るか考えました。



一人旅をする時は、ほとんど宿を予約しませんでした。

「山陰」で帰ると0泊2日車中一泊になります。

めったにない機会ですので、

夜行の普通列車「山陰」に乗る事にしました。

夜行普通列車「山陰」は、もう運行していません

普通列車ですので、寝台はありません。

「だいせん2号」と同じような固定の直角の堅いシートでした。

到底座って寝る事はできません。

昔の人は、夜行でも座ったままだったのでしょうね。

幸い空いていたので、四人分の席を独占して横になり、寝るように努めました。

同じ車両には、スキー客のようなグループも乗っていました。

普通とあってよく停まります。

その度に目が覚めて、京都に付いた時は、ふらふらでした。

それが二十歳の時の1月15日思い出です。

昔は、成人式は1月15日と決まっていました。

「20歳」というお題で懐かしい思い出話ができました。


こののころは、一人旅が好きでした。

大学生の時も、バイトの後、思い立ってセカンドバック一つで、

大阪駅まで行って、

ブルートレインに乗って、長崎に行ったこともあります。

鉄道でどこかに行くのが大変好きでした。

とくに一人で行くのが好きでした。

しかし、

この年になって、もうそんな機会はありません。

一人でふらふらと気がむいたところに行くなんて、

もう、できっこないかもしれませんね。

長文になってしまいました。

自己満足の思いで話でした。(笑)



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