いまこのときが大切

日々気になったこと、興味を持ったことを綴っています。

人間社会と水との関係。

我が家に近くは海抜0.6m。

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 ↑近所の新装なった交番に貼ってありました。

海から何十キロも離れています。しかし、海抜0.6m。

もし、南海トラフで地震起きて、大きな津波が大阪を襲うと、
海抜が低いこの辺りまで、津波は軽々とくるのでしょうか?
津波は恐ろしいです。
一昨年の東日本大震災の津波を映像を見てからは、
地震=津波。


もともと大阪の街はほとんどが海だったと聞きます。
梅田の辺りも海だったそうです。

梅田の地名のいわれは「埋めた」から来ているといわれています。

JR大阪駅の南東にある東梅田に、「曽根崎心中」で有名な露天神(通常:お初天神)があります。お初天神は1,300年歴史を持つお寺です。建立当時はお初天神のある辺りは、大阪湾に浮かぶ小島でだったそうです。

いま関西で一番と言っていいくらいのJR大阪駅を中心とする梅田の繁華街も昔は海。

海抜が低いのも納得できます。

それゆえ、台風や高潮の被害を受けやすい土地でした。

私が生まれた年には、第二室戸台風が大阪を襲い、港区にあった私の実家の回りは一面水といった状況になったそうです。大きな原因は地盤沈下も原因でした。多くの人が被災してます。

第2室戸台風(1961年)時の被害者、死者194名、行方不明者8名、負傷者4,972名、という甚大な被害を出した。この被害は地盤沈下による堤防能力の低下が背景にあった。これを引き金として、工業用水法の強化と、建築物用地下水の採取の規制に関する法律(通称、ビル用水法)が制定された。」(ウィキペディア「地盤沈下」より)


大阪の地盤沈下

大阪の町は、経済の地盤沈下だけでなく、本当の地盤沈下も深刻な問題となって久しいです。
今でも経済は地盤沈下していっています。

大阪は、地盤沈下と煤煙は明治維新のころから大きな問題だったと大阪市のサイトの資料にありました。

その資料を読んでみました。

明治政府は、地盤沈下した大阪の経済がを立て直そうと多くの工場を大阪に建設。その結果、大阪は煤煙に悩まされるようになりました。当時はそれを経済繁栄の証と喜ぶ政治家もいたようです。

同時に、大阪市西北部で本当の地盤沈下がはじまったようようです。そして、大阪の地盤沈下は昭和3年ごろから指摘されはじめ。昭和9年に大阪を襲った室戸台風で大阪は甚大な被害を蒙りました。

第二次世界大戦中は地盤沈下も沈静化したようですが、経済が活発化し始めた昭和25年ごろから地盤沈下が著しくなり、高潮などによる浸水の被害を頻繁に蒙るようになったようです。

昭和35年頃の地盤沈下のピークには年間20Cmを記録、累積の地盤沈下が2mになりました。

そんな折、昭和36年に大阪を襲った第二室戸台風で、またしても大きな被害を蒙りました。

今でも、大阪市西部の大阪湾に近いエリアでは、土地が川面よりも低くなっているところもあると聞きます。地盤沈下したところは、再びもとに戻ることはないのでしょうか?


地盤沈下は大阪だけではありません。

 

東京でも

 「東京都江東・墨田・江戸川、千葉県浦安・行徳(市川市)の広い一帯は、天然ガス開発(南関東ガス田参照)、および高度成長期の大量の地下水汲み上げの影響により大幅に地盤が沈下した。湾岸部では、ゼロメートル地帯化した地域もある。法令等の整備により沈下自体は小さくなったものの、現在でも広範なゼロメートル地帯に人口が密集しており、高潮や洪水、地震による堤防崩壊、津波などの災害が発生した場合の対策として、堤防のかさ上げや高規格堤防(スーパー堤防)の設置が国や自治体によって進められている。」(ウィキペディア「地盤沈下」より)

 

名古屋でも

伊勢湾台風(1959年)時の被害は、愛知県下だけでも、死者行方不明者3,350人、負傷者31,000人、家屋浸水125,000戸、全半壊家屋93,000戸、罹災者約80万人、という甚大な被害を出した。この被害は地盤沈下による堤防能力の低下が背景にあった。このため海岸や河川の堤防に対して2mのかさ上げを行った。しかし継続して発生した地盤沈下により、かさ上げを行った地域の大部分が沈下してしまい、場所によっては改修前の状態になってしまった地域もあった。」(ウィキペディア「地盤沈下」より)

 

工場がたくさんあったところは、少なからず地盤沈下をしているのではないかと思います。
地盤沈下の話は子供ニュースでも良く取り上げられていたように記憶しています。


地下水

 地盤沈下の原因は、地下水のくみ上げすぎによるものです。工場は水を大量に使う為、コストの安い地下水を大量に使いました。次から次へと工場が建設され、それにより地下水が大量に使われるようになりました。そして、地下水の水位が低下し地盤の沈下を起したのです。地盤沈下は、地下水をくみ上げたところだけではなく、周辺におよびます。地下水はつながっています。一箇所で地下水を大量にくみ上げると、周辺からくみ上げられて地下水位が下がったところに地下水が流れ込み、全体的に地下水位が下がってしまうためです。地下水の減少が水害を起こすとはなんとも皮肉な話です。

一番身近にある地下水が井戸です。井戸は、水道設備が整うまでは生活に欠かすことができな水源でした。今でも井戸水を生活用水として使っているところもあります。その貴重な地下水は、地球上にある水の1%もありません。しかし、我々が日々の飲料水として主に利用している湖や川の水よりもはるかに多くあります。

「見えない巨大水脈地下水の科学」に掲載されている「環境年表」から引用したデーターでは次のようになっていました。
地球上にある水は、13億8,000万キロ立方メートルです。そのおおよそ97.4%に当たる13億5,000万キロ立方メートルは、海水です。 真水および淡水は、2.7%ほどしかありません。
その内訳は、
氷河 2,750万キロ立方メートル 
地下水 820万キロ立法メートル 
土壌水 7.4万キロ立法メートル 
河川水 0.17万キロ立法メートル
淡水湖 10.3万キロ立法メートル
塩水湖 10.3万キロ立法メートル

淡水のほとんどが、氷河で南極やグリーンランドの氷床を形成する氷です。それが全体の2%です。さらに、人が利用できる水は、地下水や河川水等で地球全体の水の0.7% もありません。そして、そのほとんどが地下水ということになります。

地下水の滞留時間は平均600年。600年ですべての地下水が入れ替わるそうです。滞留時間とは、地上に雨が降って地下水になって湧出するまでの時間です。短いものでは1年未満。黒部川扇状地の砂丘の滞留時間は0.14年。東京都の地下深層の地下水の滞留時間は2000年です。東京都で地盤沈下が起きているところが、地下深層の地下水の水位の減少が原因でしたら、復旧するのに2,000年かかるということになります。一度地下水を使ってしまうと、地下水は長い間元にもどらないと考えた方がいいようです。地下水は石油と同じような貴重な地下資源と考えられます。

その地下水を利用して人類は、工業化をすることができたり、大量の食料を作ることができるようになりました。アメリカの穀倉地帯も地下水を利用しています。オクラホマからカンザスそしてテキサスにわたって広がる「グレートプレーンズ」と呼ばれる大穀倉地帯。この地域の気候は、半乾燥のステップで雨がすくなく、近くに巨大な川や湖もない地域です。しかし、地下には、世界最大級の地下水を含む、「オガララ帯水層」があります。その面積は45万平方キロメートル日本よりも広い面積の帯水層です。ここの地下水をくみ上げて涵養に使うことができるようなったことで大穀倉地帯になりました。このように地下水を農業用に頼っている国は他にもたくさんあります。


 日本は蛇口ひねれば水がいくらでも出てきます。砂漠地帯に住む人にはうらやましい限りだと思います。砂漠地帯に住む人が日本に来て、水がいくらでも出てくる蛇口を見て、その蛇口をお土産に買って帰ろうとしたという本当か冗談か分からない話を聞いた事があります。普段感じることはありませんが、当たり前のように身近にある水。なくなると、生命にもかかわってきます。日本のように水を使い放題使えることはとても贅沢なことです。水がなくて困っている国は世界中に沢山あります。それを思うと、水を不自由なく使えることは、豊かさの象徴かもしれません。

最近、文の中でも紹介致しました書籍「見えない巨大水脈 地下水の科学 使えばすぐには戻らない「意外な希少資源」」を長い時間かけて読みました。地下水だけではなく「水」のことに関心を持つようになりました。

地下水のことを書こうと思い、書き始めたのですが、地盤沈下の話からはじめてしまい、まとまりがつかなくなってきまいまいした。(笑)
書いているうちに、水が、我々の生活に良いつけ悪いにつけか如何に深くかわっているのが、感じれるようになってきました。

 



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