今日は、天気もよく暖かでした。
春の香りが漂う日でした。
小学校の桜の木の蕾もわかるようになったような。
気温が高くなると、日暮れころでも、外に出ている人を良く見かけます。
陽気につられて、今日は、大阪の新世界あたりを散歩しました。
新大阪から地下鉄御堂筋線で、動物園前まで。
動物園前駅を出て、すぐに、新世界に通じるJRのガード下をくぐる通路がありました。
ガードの上は天王寺駅から出たJRが通っています。環状線や関西線などが走っているため、少し広いです。
ガード下も少し長いです。
30mほどあったような。
ガード下の出口のあたりで、父の年ほどの人が、二人ギターを抱えて、路上パフォーマンスをしていました。
その回りには、同年代の人の人だかりが。
じゃんじゃん横丁
ガードを抜けると、すぐ「じゃんじゃん横丁」の入口です。
この商店街は1918年開業した飛田遊廓(国鉄のガードをくぐった南側。1958年廃業)と新世界を連絡する道筋として1921年、橋本傳三郎の尽力で開通した。当時は橋本氏の出身地島根県の旧国名に因み「石見町」と称していた。開通当時は関西線の下を地下道でくぐる計画であったが、地元の反対にあい、踏切となった。(1923年ごろ地下道が開通)
狭い道に人が行き交っていました。
「じゃんじゃん横丁」は、串カツ、居酒屋が軒を連ねています。
ほとんどが、串カツなどのお酒を飲む店。
どの店も賑わっていて、休日とあってか、昼からたくさんの人がお酒を飲んでいました。
行列ができている串カツ屋もありました。人気があるのでしょう。
大きな串カツやこじんまりした串カツ屋さんが混在。
行列ので来ている串カツ店やは観光客向け、
こじんまりした串カツ屋さんや居酒屋は地元の人の店といった棲み分けできているようでした。
将棋や囲碁を打つことができる店も2件あり、
地元の年配の人が集まって、盤を囲んで休日の午後を過ごしているのでしょう。
将棋のほうが人気があるようでした。
新世界
じゃんじゃん横丁のアーケードを抜けると、新世界です。
大阪に長く住んでいても、長く行く事はありませんでした。
今は、この辺りは、完全に観光地です。
家族連れやカップル、若い女性たちで一杯でした。
この辺りも「じゃんじゃん横丁」とおなじで、串カツやたこ焼き、お好み焼きなどの店tが建ち並び、大きな店は、派手な外観。
その派手な建物の間には、地元の人向けの服屋さんや、昔からある喫茶店などが、ありました。
無菌室のように、キレイに作り替えられたキタ(梅田)ミナミ(難波)の町より、ゴチャゴチャ感があります。
このゴチャゴチャ感が、居心地よく感じて、一度通り抜けて、恵比寿町まで出たのですが、
もう一度、戻って、新世界の中をウロウロして、天王寺動物園の横を通って、天王寺に抜けました。
動物園まで来て、思い出しました。
娘たちが小さい頃、ここに来たことがありました。
上で紹介したところを通りました。同じような佇まいでした。
15年ほど前でした。
当時は日曜日でも、人も少なく、本当に、新世界と言うか、別世界を歩いているようで、派手な町にもかかわらず、人影の少なさに、返って不気味さを感じたのを思い出しました。
千と千尋の世界観があります。(笑)
天王寺公園から
アベノハルカスが見えました。