いまこのときが大切

日々気になったこと、興味を持ったことを綴っています。

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言葉は怖いですね。発せられた言葉は人の心に根付きます。

鉢呂吉雄とは編集

失言とは編集

ことばの重みがなくなってきているのでしょうか?

鉢呂さんが、経産省の大臣を辞任(罷免)されました。

福島視察のあとの会見で「死のまち」発言と視察後に記者団に「放射能をつけちゃうぞ」などの発言があった。

どいう経緯があったにしろ、「死の町」という言葉を使うのはどうかと思います。

「死のまち」は、見たままの感想を言ったのでしょう。

町に戻りたいという住民の気持ちを考えると、もう少し出る言葉を押さえて

考えて口にするべきだったと思います。

「放射能つけちゃうぞ」などはまさに子供の言う事です。

福島第一原発で放射能の恐怖にされされながら作業をしている人や、

放射能の影響で外で遊べない子供、生活を奪われた住民のことを考えると

言えない言葉です。

言葉は無意識に影響される

言葉はその人の無意識も影響しています。

それが自然と言葉になって出てしまいます。

心の底から問題(震災復興など)を思念していれば、

無意識の領域にも深く考えが行き渡り、

被災者や人々を傷つけるたり不愉快にしたりする言葉を発する事もなかったと思います。

無意識は人の表情にも出てくるように、

無意識は言葉に影響を与えます。

人会ったときに、人は無意識に表情を作ります。それが、相手に伝わります。

これは相手に抱いている感情が、表情に出ます。

表情はコントロールするとは難しく、意識してコントロールできるものではないようです。

しかし、言葉はコントロールできます。

ただ、常にコントロールできている訳ではありません。

言葉も特に人の感情が高ぶっている時や気が緩んだときにに出る言葉は、

無意識の中で思っている言葉出てきてます。

特に重要な場面での言葉は、よく選んで発するべきです。



言葉は生きています。

言葉は、同じ物を色々な言い方で、表現にする事ができます。

一言で多くの思いを伝える事ができます。

今回の福島視察でも、「死のまち」ではなく、

被災される住民と共感できる言葉を発する事ができていれば、

今の状況とは雲泥の差だったと思います。

しかし、それが本当に福島の方に共感を得るには、

福島の住民の方の痛みを深く感じ、一日も早い復興を目指したいという強い信念がなければならないでしょう。

心ない人が言うと単なる「美辞麗句」に終わってしまうでしょう。

しかし、現状よりはるかにましだったと思います。

野田政権の発足してすぐのつまずきもなかった思います。

野田政権への国民の期待を傷つけることもなかったと思います。


言葉には発する人の生き様や考え方が深く関わってくると思います。

人々の共感を得る事ができる「言葉」は、重みのある言葉だと思います。

言葉は、発する人の社会的地位やパーソナリティの含めて人に伝わります。

「言葉」ひとつで、多くの事が伝える事ができます。

言葉は大切です。

感情に任せて発した言葉で、自分の立場を失った人が沢山います。

言葉は、口を出た時点で、飛び回ります。

人々の心の中で、種として根付き育ち始めます。

その根がプラスかマイナスかは、言葉を発した人にはわかりません。

不用意に発した言葉が、人の心に影響を与えます。


人にやるきを出させる事ができるのも「言葉」

人を好きにさせる事ができるのも「言葉」


言葉は生きています。大切にしましょう。