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いまこのときが大切

日々気になったこと、興味を持ったことを綴っています。

「治」ということ〜水のお話〜

今朝、大阪は、台風27号の雨も止んで、西の空には雲切れ間が見え始めてきました。

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マンションの庭には、「木犀」が咲いていました。

近寄っても、木犀の花の香りがあまりしません。

しかし、顔を花に近づけて見ると、良い香りがしました。

香りが弱くなっているようなので、もう季節も終わりでしょうか。

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同じくマンションの庭にある楓(?)
木の上の方が少し、色づき始めた感じのようです。
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<--ここから。今日も少し長いです(笑)-->
 
今年は、台風がたくさん日本に来ました。
気象庁の情報によりますと、
台風の発生数、28個。
21世紀になって、2004年の29個次ぐ多さです。
昨年も25個と多かったです。
 
接近数も14個と多く、昨年は17個でした。
しかし、10月の接近数6個は、1955年からある気象庁の表にありませんでした。
多くて昨年と1955年の4個でした。
11月にも台風が接近した記録がありますので、
まだこれから台風が発生して接近してくる可能性もあります。
今年は、28個で終わりであればいいなと思います。
 
今年は、大雨が日本各地を襲いました。
先週と今週と続けざまに台風が日本に接近して、大雨を降らせています。
今年は、水による土石流や冠水の災害多く起きた年でした。
 

記憶に新しいところでは、先週の台風26号。

この台風の影響で、伊豆大島を、10月14日〜16日の間に824ミリという記録的な大雨が襲いました。

結果、東京都大島町(伊豆大島)西部において、三原山の外輪山中腹が幅約950mにわたって崩落し、土石流が発生、元町神達地区や元町三丁目飲み込むという甚大な被害を起こしました。
 
9月には、台風18号による大雨で、京都の渡月橋が冠水するなど、日本各地で浸水などの大きな被害を起こしました。
この台風による大雨で、平成25年8月30日から運用が始まった「特別警報」が初めて発表されました。
 しかし、先週の伊豆大島の災害では、「特別警報」が出される事はありませんでした。
「特別警報」の発表基準の一つに「府県程度の広がり」という基準があり、そのため、東京都にある伊豆大島では出されなかったようです。
 
大きな被害を引き起こした台風。
こなければいいかと思いますが、
来なければ来ないで困った事になります。
 
 
 「水」は大きな災害を引き起こす反面、
人間には欠かす事ができないものです。
水がなければ、人は生きれません。
 人の体は、子どもでは約70パーセント、成人では約60~65パーセント、老人では50~55パーセントを水が占めているようです。(サントリー「水辞典」より)

人は水があれば、食べたなくても一カ月ぐらい生きることできるという話も聞きます。

反面、水がないと、3日も生きれないとも聞きます。

 

それ以外にも、「水」は今、私たちが暮らしで使っているもの全てに使われています。

卑近なところでは、料理するにも、入浴するにも、トレイにも「水」が必要です。

日々食べているコメなどの穀物、肉、魚、野菜なども「水」がなければできません。

さらに、日々使っているコンピュータも水がなければできません。

鉄も電気もガスも何もかもが製造過程で、水が洗浄や冷却等に使われています。

 超純水の用途は当初より多様であり1966年の文献には、電子工業、貫流ボイラの復水処理、原子力発電、合成繊維工業、有機無機薬品工業、製薬工業、写真工業などが挙げられている。(ウィキペディアより)
 それほど、水は大切です。
 
ただ、「水」が多すぎたり、少なすぎると、大きな災害・被害を起こします。
反面、適度な量の「水」は、人を豊かにします。
 
人類は「水」とはうまく付き合っていかないといけないということです。
この事を表現する文字で「治」という文字が浮かびます。

水をさめるという「治」という文字が象徴的な感じです。

「治」という文字はよく目にします。

この文字は、

太宰、手塚、福山雅、加藤子、武田真、上原浩、王貞、大滝秀など、いらっしゃいます。

そして、

「政」「地方自体」「安」 「療」「癒」「不」。

言葉としての使われ方は、安定や平和に関連するような意味で使われています。

普段、新聞やテレビでもよく見かける文字だと思います。

この文字は、私が見ても文字の意味がなんとなくわかる文字です。

「さんず」に「台」。

「台」の左に水があって、右には水がありません。

「台」は堤防などを意味するのでしょう。

この文字自体が、水を管理するという意味ではないかと思います。

調べてみますと、

河川に作為を加え、洪水を防ぎ、水利を行えるようにした、即ち、河川をおさめたことが原義。そのように、乱れたものに手を加え、秩序をもたらすこと。

 

最近の水害、そして昨日の日経新聞の電子版に掲載されていた記事「中国、深刻な水不足と汚染が最大の環境問題に」を読んで、
災害以外でも、「水」の問題は、日々の生活から、産業、政治ひいいては経済にも大きな影響を与えるものだということです。
分かりきっている事ですが、
今「水」の問題は、世界でも大きな関心事になってきています。
 
物品の流通が、グローバルになった現在、物品特に農産物や畜産品等の動きイコール製造過程で使われた水の動きだということで「バーチャルウォーター」という言葉もあります。
 
21世紀は水の世紀とも言われています。
世界の人口は70億人を超え、その70億人が生活するためにの「水」を確保していかないといけません。そのために国々が「水」の取り合いによる争いが起きる事も考えられます。
 
先述の日経新聞の記事を読みますと、中国の「水」不足は深刻で、経済にも大きな影響を与えそうです。
中国が「水」を確保する為に川の上流にダムを造り、下流の東南アジアの国々との争いが起こる可能性もあります。
 

中国の水資源は豊富ではない上に、その水がかなり汚染されているようです。

中国の年間の水使用量は6000億立方メートル。1人当たりの使用量は400立方メートルで、米国人の平均の4分の1だ。国際的に定義される「水ストレス」(1人当たり年間使用可能水量が1000立方メートルを下回り、日常生活に不便を感じる状態)のさらに半量を下回る。 

 さらにその少ない水の5分の4は南部に存在し、人口の半分と農地の3分の2は北部あるという状況のようです。

北京の水不足は、1人当たり年間水使用量がわずか100立方メートルというサウジアラビアの状況に似ている。北京の地下水面は1970年代に比べて300メートル低下した。 

 中国の水は、人が接することができないような水もあるようです。

 華北平原の地下水の半分以上は工業用水には使えず、7割は人体への接触にさえ適さないという。つまり、洗濯も入浴もできないということだ。

さらに、水不足はエネルギー問題にも影響を与えそうです。

中国にもシェールガスが多くあるようですが、それを掘り出すにも大量の水が必要です。

さらに、約450基の石炭発電所の建設を予定しているようですが、石炭を洗ったり、冷却水に使ったするのに大量の水が必要です。

それだけの、水が賄える水の余裕がないようです。

さらに、水問題を解決するために、川にダムなどを建設を予定しているようですが、

川の下流にベトナムやタイなどの東南アジアの国々があり、

無茶なことをすると国際問題になりかねません。

仮に無茶をしたとしても、十分ではないようです。

中国の大気汚染の深刻さは、日本に影響を与えるということで、テレビや新聞で報道されますので、認識はありますが。

それ以上に水不足が深刻な状況のようです。

 

中国の事は、他人事でありません。

日本は、水資源豊かな国と思っていましたが、そんな事はありません。

最近の大雨で、忘れてしまっていましたが。

今年の夏は、関東は水不足でした。

夏になると、各地で水不足による給水制限があります。

日本は降雨量は多いとしても、急峻な山が多く、降った水の多くが海に流れ込んでしまうようです。

各地で集中豪雨のあった夏でしたが、今年の7月、利根川水系の八つのダムの貯水率がさがり、6都県で10%の取水制限がありました。

19年ぶりの事のようです。

台風の影響による大雨で、ダムの貯水率も改善したと思います。

決して、日本は、水が豊かなくにではありません。

日本は水が豊かだと思っていたのは、上下水設備が整っているおかげで、蛇口をひねれば、いつでも「水」出るようになっているからです。

社会的インフラが整備されているから、

日本は水資源が豊かだと誤解していたのかもしれません。

その水資源は、ちょっとした自然環境の変化で大きく影響を受けます。

台風の数にも影響を受けます。

 

技術の進歩、電気使用量の増加、生活が豊かになると、

ますます「水」の需要は増えていきます。

如何に、「水」を確保するかが、大切な問題になっていくでしょう。

「水」をうまく管理することが、政治の一つの役割だと思います。

政治には「治」があります。

「水」不足は国家の元にも影響する可能性があります。

大水にも、渇水にも対応できるようなシステム構築が急がれるのではないかと思います。

「治」という文字、単純ですが、

なんか象徴的だと感じます。

 

「水」は、気ままです。

人類自体が自然まかせの「水商売」のようですね。

水は大切に使いしょう。